オンラインセルフケア&講座ができるまで

本間圭子

鍼灸師の本間圭子です。

私は現在、自宅で治療院を営むかたわら、
東京理科大学で鍼灸の理論を使い、ハードな生活をする学生たちが体や心の調子を崩さずに、

自分が本来持つパフォーマンスを発揮するための考え方やセルフケアの方法をマスターするための授業を担当しています。

また、大学で教えてきた内容を使って、子育ても仕事もがんばろうとしているママたちが

体も心もパワフルで良い状態を保ち、夢や目標を実現していく応援するための活動をオンラインでおこなっています。

通常、鍼灸師は治療院の中で患者さんと向き合い 日々治療に励む。

そういう印象が一般的かもしれません。

鍼灸治療

ですが、私は現在、

鍼灸師の頭の中にあるような、東洋医学の知識を一般の方に伝えたり、私がお客様の施術をする、というのではなく、ご自身で自分の健康管理ができるようオンラインで個別指導をする

そういったことを増やしていくために活動をおこなっています。


これは、一開業鍼灸師だったころの私には とても想像もできない未来でした。

なぜ、このような活動をするようになったのか、お話をしてみようと思います。

鍼灸との出会い

私は、もともと医者になりたくて医学部を志望していました。

しかし、2浪の末、医学部を諦め、生物が勉強できればいいなという考えから東京理科大学基礎工学部の生物工学科というところに進学しました。

入学して分かってきたことは、私の専攻している学科は0.0000001メートルという、ものすご~くミクロな世界の生物学を扱う学科でした。

一番大きな単位が細胞です。

よく、カゼ薬などで咳中枢のレセプターをブロックしてなんちゃら~というコマーシャルなどがありますが、あのような世界を中心に扱います。

再生医療とか、遺伝子組み換えとか、そういうことをやっていました。


マウスの背中にヒトの耳がくっついている映像をテレビなどで見たことがあるかもしれません。

あのようなことをします。

 

ヌードマウス

 

あれは、免疫をもっていないマウスに人間の耳をつくらせています。

ある人が何らかの原因で耳を失ったとします。


例えばですが、誰かほかの人の耳をくっつけようとしても、自分の細胞でできていないために、

その耳は拒絶されてうまくくっつきません。


でも、免疫をもっていないマウスには、自分自身の細胞から作成した耳を作らせることができるのです。

耳を失ってしまった人にとって、これほどうれしいことはないですよね。
耳がくっつくわけです。素晴らしい技術です。

でも、とても不自然なことをしているようにも感じました。

もちろん、医学の発展や、病気の人への希望につながることは確かです。

でも、私はどうしても違和感を感じてしまいました。
この世界で一生を生きていくにはツラすぎると、自分の倫理観が訴えかけてきました。

葛藤の中でもがき、あらゆる可能性を模索して行動して、その中で出会ったのが鍼灸でした。




初めて私が鍼灸を知ったのは、当時新潟大学医学部で教授をされていた、阿保徹先生の話をテレビで見たときです。

阿保先生がやっていたことは、体に鍼をして、ナチュラルキラー細胞という癌を倒してくれる細胞を活性化し、癌を治すという、驚くような治療をしていました。

ミクロな生物学を学んでいた私にとって、阿保先生がやっている方法は、非常に視点が大きく、驚異的でした。


鍼ってすごい!
将来、絶対にこういう医学が世の中に必要とされる。

そう感じました。


学問から鍼灸を知った私は、鍼灸学校の入学試験を受ける前に鍼灸治療を受けてみようと考え、ある鍼灸院を訪れました。

「どのような症状でお困りですか?」

と聞かれて、私はこう回答しました。


「特に病気やすごく困った症状があるわけではないんですけれど、

でも、
朝起きるのが面倒くさかったり、
便秘がちだったり、
食後眠たくなったり、
たまに肩が凝ったり、
気持ちが落ちちゃうことが多くて、
生理痛もひどかったり、

そんな感じで。。

でも、もっと絶好調になれる気がするんです!

鍼灸の先生はこう言いました。

「鍼灸は、そういうことが一番得意なんだよ。

病気じゃない。
病院に行くほどじゃないけれど ちょっとの不調がある。
このちょっとの不調の時に改善して 病気にさせない。

こういうことができるのが鍼灸なんだ。

阿保先生の時も、今回も、
「鍼ってすごい!」と感動したんです。


そんな、鍼へのリスペクトが先にあり、私は鍼灸学校に入学しました。

鍼灸学校に入ってからは、人の体の不思議にも遭遇しました。

例えば、腰の悪い人は、腰の一部だけ産毛か濃いところがあったりします。

これは、考え方はいろいろなのですが、ここが冷えているから、自分で温めようとして産毛が濃くなるとか。

人間ってすげ~~~~!!と。

鍼灸学校の間、人間の不思議、鍼の持つパワーに魅了されました。

専門学校の1年生のころに弟子入りし、卒業前にみっちり腕を磨き 卒業してすぐに開業しました。

開業して出会ったミッション

患者さんと鍼の話や人の体の話などをたくさんしました。
朝9時から21時まで治療をして、たくさんの患者さんの治療をしながら感じました。


このまま治療院に来てくださる患者様とだけしか話をする機会がないのだとしたら、

私が生涯で鍼のすばらしさを伝えれる人は、本当に限られた人数しかいない。



そう気が付きました。

もっと多くの人に鍼のすばらしさを伝えたい。

そう考えるようになっていました。

しかし、どうやって多くの人に伝えていけばよいのか…
さっぱりわかりませんでした。

その後、結婚・妊娠・出産を経て、私は母になりました。

子育て中

息子の体が弱かったこともあってか、24時間の子育てで心も体もボロボロのスッカスカ。

まったくそれどころじゃない毎日を送ることになりました。

しかし、そう簡単に諦められなくて、息子におっぱいを上げながら携帯で情報を調べたり、

何か糸口はつかめないものかと 分からないながらも、できる範囲で行動していました。



そんなある日、当時はまだアメブロが主流で、Facebookが日本に入って来たばかりの時でした。

無名な人がアメブロで人生を変えた!
これからはFacebookだ!
今からFacebookに取り組んで
先行者利益を得よう!

というようなうたい文句でセミナーをやっている起業家がいました。

そこから私のFacebook活動が始まりました。



当時働いていませんでしたが、自分の貯金の一部を崩し、思い切って、生まれて初めてのコンサルタントを付けて活動を始めました。

コロナの影響で、今はオンラインでかなりのことができますが、当時はそうでもなく、

2週に1度、1歳の息子と、たくさんのおもちゃを車に乗せて横浜までコンサルを受けに行っていました。

コンサル


24時間の育児と、Facebookの活動。
ムリがたたり、私は、ダウンしてしまいました。

ダウンしてすぐのころ、
息子の2歳の誕生日があって・・・。

でも私は、息子のお誕生日にケーキを作ってあげることも、息子の大好物のお料理を作ってあげることもできませんでした。

きっと死ぬとき、後悔したことの5本の指に入るだろうなと思いながら、一人で悔し涙をながしました。

その時に決めたことがあります。



大切な人を、
大切にできるペースでのみ仕事をする。



これが絶対だと心に決めました。


この決意があったので、鍼灸のすばらしさを伝えるための活動はなかなか前に進みませんでした。


活動する中で出会った人たちには

「子育てなんてしていたら、チャンス失うよ。」
とか、

「家族を言い訳にして、成功した人はいない。」
とか、

「私はこの期間にこれだけのことをやったよ。
本間さんは何やってたの?
何もやってこなかったんじゃないの?」

そんなことを言われて、とても悔しい思いをしたこともありました。

大学での講義

その後二人目の娘も生まれ、
娘が1歳半に、息子が幼稚園の年中になるころに仕事を復帰しようと準備していたある日、

大学時代にお世話になっていた恩師から連絡がありました


恩師の名前は、本田宏隆先生。


本田先生とは、大学1年生の時に出会いました。
私が行っていた学部は、1年生の時はキャンパスが北海道の長万部というところにあり、

キャンパスの中に寮があって、学生はみなそこで寮生活をしました。

寮生活の時

恩師は私の担任の先生みたいな役割だった人で、かつ、化学の授業や、実験の授業を通じて、質問に行きまくっていた私は先生ととても仲良くなりました。

2年生以降は、キャンパスは千葉県の野田に移り、先生とは離れましたが、

それ以降も、大学を卒業しても連絡を取っており、結婚式で祝辞もお願いするほどでした。

その本田先生が、当時、できたばかりの葛飾キャンパスに移動になったというのです。

さっそく大学に会いに行きました。

まだできたばかりの校舎。
授業を担当することになる先生たちも、集めている最中のようでした。

なので本田先生の研究室の周りも、ガラガラ。
たくさんの研究室が空室でした。

そんな状態でしたので、先生と色々話している中で、ちょっとふざけて、

私、先生の研究室の隣に来ます!!
4月から子供保育園いくし。
こんな講義もできるし、こんなこともできますよ。


などと、自分が力になれそうなことをたくさん売り込んで帰ってきました。笑

それから1週間後、また先生から連絡が来て、4月から講義をお願いしたいと!!!!!

ストレスコントロールを担当することに

大学で先生と色々話をしているときに、話題になったことに1つに、

学生が鬱になってしまってなんとかしないと、と思っているという内容がありました。



理科大は、理系大学の中でも非常に厳しく、忙しい大学です。


授業、実験の予習、実験、実験レポート、試験勉強。

また学生はたいてい勉強だけやっているわけではなく、大学のことにプラスして、部活やサークル、バイト、人によっては長時間の通学時間があったり、不慣れな一人暮らしがあったり。

そして、理科大に来る子たちはたいてい、まじめでがんばり屋。

大変だけれど、なんとかこなそうと思って体にも精神的にもかなり負担がかかります。

でも、若いがゆえに、その無理な生活がなんとかできてしまう。

その結果、心の元気がなくなり、鬱っぽくなる学生は非常に多く、実際、鬱と診断が出る学生もいますし、私の友人でもいましたが、大学に来られなくなってしまう子もいました。



鬱っぽくなる前に、予防できたらそれが一番いい。

だから、鍼灸の理論をつかって、予防するための授業をやって欲しい、ということなのです。

もちろん答えは


「やります!」


速攻で答え、4月から授業をおこなうことになりました。

私はチャンスは、自分からつかみに行く人間です。

いろいろ売込んだことで、本当に大学で講義をすることになりました。


ある女子学生の苦しみを知って

授業を担当して数年したころ、ある女の子が授業が終わったあと、教壇の方へ歩いてきました。

彼女はこう言いました。
「今日の授業、受けられてすごく良かったです。」

そして、彼女はこう続けました。


「子どもの頃からずっと、悩まされている症状があって。

でも、それを誰に言ってもわかってもらえなくて。

両親にも、何度も話したんですけど、分かってもらえなくて、精神科に行った方が良いって言われて。

私がおかしいのかなって。
でも、本当にずっとつらかったんです。…

女子学生のつらさ

今日の授業を聞いて、今までずっと悩まされてきた私の症状がどういうことだったのかわかりました。

分かってくれる大人がいたんだって、すごく嬉しかったです。

先生、ありがとうございました。
本当に今日の授業を受けて良かったです。

途中から、涙声になり、ポロポロと涙を流しながら彼女は話してくれました。

私も話を聞きながら、涙がこぼれてしまいました。

こちらこそ、ありがとうですよね。



その気持ちを、私に話しに来てくれた。
私の授業が、彼女の力になれた。

こんなに嬉しいことはありません。

今まで、彼女がどんな思いでいたのかと思うと とてもつらくなりました。

きっとこういう子や、こういう人が もっともっとたくさんいるのかもしれない。

そういう人たちに、ちゃんと届くように もっと伝えていかなければいけない。

強くそう思いました。



授業を始めて、今年で9年が経ちました。
彼女との出会いは私にとってとても意味がありました。

学生が出してくれるレポートを見ていると、授業の内容を実践することで、

生活の質が向上したり、

体や心の状態を維持できるようになってパフォーマンスが上がったり、

そのおかげで、生活に余裕が生まれたりと、

この授業の内容が、非常に役に立っていることがわかりました。


私の授業は、

自分の体を知り、こころを知り、体とこころのつながりを知る。

体とこころが相互に影響し合うことを利用して体を整えることで、こころを整える。

からだの物理的なストレスを取り除くことにより、体にもこころにもムダなストレスや疲労を与えない。

自然界に存在するリズムを知り、法則を知り、それを味方につけて、ムダに疲れない生き方を知る。


こんな感じの内容です。

自分の体やこころを知ることで、彼女のように、ずっと悩まされてきた自分に起こる現象を理解できる人もいるかもしれない。


また、無駄に消耗せず、疲弊しないための方法がたくさんつまっているので、私が仕事を始めたばかりの頃、もっともっとやりたいのに!!育児に家事に仕事に、消耗してしまってできない。

そんな悔しい思いをしているママたちの力にもなれるかもしれない。


実際私も、改めてまとめたこのメソッドを実践することで、11年も悩まされてきた睡眠の問題を解決することができたんです。

さらに、体や心もパワーが底上げされ、ずいぶんタフになりました。


この授業で扱っている内容を、もっと多くの人に伝えていこう。

そう思うようになりました。

母の死

実はこの頃、数年間、
癌を患っていた母の状態が
悪化し始めました。



母は、すごく苦労した人で、
癌が分かる直前まで
かなり過酷な生活をしていました。

だから、母が癌と分かったとき、
私はものすごく悔しかった。



母の通院している横浜の大学病院から
車で10分のところに姉が住んでいたので、

母の診察は姉が中心となって
付き添ってくれていました。


姉が都合がつかない時や、
大切な診察の時は 私も行っていました。



母の癌が見つかってから、およそ3年がたった頃。

私が診察に付き添うことになったある日。


だいぶ体力が落ちている母は、
輸血をすると体調がよくなるということで
診察の後、輸血を受けていました。

その時、ドクターが
「娘さん、ちょっといいですか?」と。




?????




なんか、テレビで見たことあるんですけど…。


ドクターに呼ばれ、診察室で二人。

いつ、何が起きてもおかしくない状態です。
長くて、3カ月。
後悔の無いような時間を過ごしてください。


・・・・・



そこからは、あっという間でした。

病床の母

ドクターの予告通り、
本当に3カ月後 母は亡くなりました。

母の大変だった人生。

結婚して埼玉に来てからは、
ほとんど役に立てなかった自分。

母の方がずっと大変なのに、
いつも私を気づかって。

優しくて強くて。




鍼灸の学校に行くようになってからも、
誰よりも応援してくれました。


大学で教えるようになり、

あの女の子の話や、
学生たちの変化を話したときも

「そうやって人の役に立てるっていうのは、
すごいことだよ。」

とても喜んでくれて、応援してくれました。



なのに私は、母に何もできませんでした。
悔しくて、悲しくて。


なんだか、良く分からなくて
母の携帯の番号に、
電話をかけてみたりしたこともありました。

もちろん、出ることはありませんでした。

母が亡くなってから、ずっと考えていました。
もう、母はいない。
母に恩返しすることは、もうできない。

そして、ある日思ったんです。



そうだ。

だったら、
母が残してくれたお金で未来を変えよう。

母が喜んでくれていた、
大学で教えているあのメソッドを、
多くの人に知ってもらおう。



自分なりに、一生懸命調べて、
このメソッドを世に広める認知の方法を
教えてくれるスクールに入ることを決めました。

普段の私には、
とても払えるような額ではありませんでした。

私のこれまでの人生で
一番高額な投資になりました。



母の力を借りて、
私が今できる最良の人への貢献

母と一緒に叶える。絶対に。


人生で一番高額な投資でしたが、
夫にも誰にも相談はしませんでした。

私の決意だから。
私が未来を変えると決めたことだから。


私はチャンスは、
自分からつかみに行く人間です。




鍼灸のすばらしさを多くの人に
知って欲しいとただ漠然と思っていて、

何を広めたらいいのかも、
どう広めたらいいのかも、
全く分からなかった私が、

今、あなたがこのページを
読んでくださるくらいまで成長しました。


これから、もっともっとたくさんの人に
鍼灸の不思議や面白さを伝えたり、

セルフケアをして、生活が変わった、
人生が変わったと言って頂けるように、
精一杯取り組みたいと思っています。


この方法を知れて良かった!
人生が変わった!
生きるのが楽になった!
QOLが向上した!

あなたの生活、
あなたの人生、
あなたが、あなた自身に抱いている感情、

などなど、色々なことがあると思います。

どんなことでも、
あなたがプラスの方向に進むための
お手伝いができたら、
こんなに嬉しいことはありません。

あなたの想い描く未来へ

今、あなたが、想い描いている自分、

または

想い描いている人生があるのに、
そうではない現実を生きていることで、
つらい思いをしていたり、

チャレンジしたいと思っていることがあるのに
体調やメンタルの問題が、
その足を引っ張っているのだとしたら、

私があなたと一緒に歩みます。

苦しんだり、つらい思いをしたり、
孤独になっていたり、
何かを諦めようとしているのだとしたら、

私に応援させてください。


チャンスは自分から、つかみに行けるんですよ。



未来を、
あなたの想い描く未来に変えていきましょう。

私があなたと共に歩みますから。
あなたは、一人ではありませんから。

あなたの未来を変えるお手伝いができたら
とても嬉しく思います。

大変な長文を、最後まで読んでいただき心から感謝します。
ありがとうございました。